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読書亡羊

気ままに読書、気ままな読書日記

拡声機騒音に関する条例を調べてみた

地域改良

*生活音以外の騒音が溢れる国
 街中には、近隣から発生する生活音、工事現場から生じる作業音、交通に伴う振動音など生活環境を破壊しかねない音が溢れている。これらの音も規制値を越えた音量が生じれば、騒音として認定できる。
 だが、これらの音は、人々が生活し、社会が機能していく上で避けられないという側面を持っている。社会生活上、その発生が避けられないものである以上、完全な規制は望めない。こうした騒音に関しては、遵守規定を設けて、その範囲内での騒音の発生はある程度仕方のないものとして許容されるべきだろう。

 しかぁーしっ!!アジアの隅っこにある日本という国の街中には、社会生活上避けられない騒音の他にも別の騒音が溢れかえっている。
 廃品回収車、竿竹屋、灯油の巡回販売、焼き芋屋、はてはパン屋から餃子売り、豆腐屋、牛乳屋に至るまで拡声機で怒鳴り散らして商売する輩がどれだけ多いことか。住民の迷惑も顧みずに彼らは街中を走り回っている。
 それにもかかわらず、拡声機を使った営業行為自体が、極めて時代錯誤なもので、国際的に見ても非常識なものだという認識が、行政にも国民の間にも殆どない。

*拡声機騒音に関する条例
 こうした騒音を許容してしまう日本人の民度の低さにもあきれるが、一部ではあってもこの騒音に対して対策を行うよう行政や議会に要請している住民は以前から存在している。しかし、そのような声はほとんどが無視されている。
 この拡声機騒音問題は、すでに70年代ごろから問題となっていて、すでに50年近く放置され続けている。地域の公共性という地方行政で最も重要な課題が、議会、行政から共に無視され続けている。
 日本の地方議会には、地域の公共性を求める住民の声を吸い上げようとする姿勢も仕組みも全くない。直接、税収や票につながる企業の活動の方を優先する地方政治の姿がこの問題に端的に現れている。

 東京都の条例を調べてみると、企業活動を重視している議会と行政の姿勢が、実際窺われる。

 東京都は、騒音規制に関してまず、一般的な基準として国の騒音規制法に従い「騒音に係る環境基準」を設けている。しかし、この条例によって、昼間で住宅地域55dB、商業地域および工業地域で60dBという原則を定めたにもかかわらず、何故か、移動したり、一時的であったりする営業目的の拡声機の使用に関しては、この規制の対象から除外している。そのため、拡声機の使用による営業に関しては、別途、異なる基準が都により定められている。
 それが、東京都の環境確保条例にある「商業宣伝を目的とする拡声機の使用に係る遵守事項」である。この条例は、拡声機を使って営業を行う際、業者が従わなくてはならない規制項目を定めている。この条例では、順守項目を守りさえすれば、拡声機を使用した営業行為は自由だということになる。
 たとえば、この条例では、低層住宅地域での拡声機使用規制に関して「遵守事項を守って自動車による等移動して拡声機を使用する場合を除く」と規定する。なぜ、住宅地であっても、車で移動すれば、問題ないとされるのか、全く理解できない。

参考 東京都環境局

拡声器に対する規制|東京都環境局 大気・騒音・振動・悪臭対策


騒音に係る環境基準|東京都環境局 大気・騒音・振動・悪臭対策

 結局、騒音規制を設けても、それに対してさまざまな除外規定や例外規定を追加し、当初の騒音規制の目的をまったく無意味なものにしてしまっている。法的規制の内実を蔑ろにする条例だといっていい。
 騒音規制という本来、地域の公共性を確保するための条例が、企業側の要望を十分に反映させた形に歪められている。このような一見、規制を設けているかのような条例が、実際は企業側の意向に従って作られている。この条例は、拡声機による営業行為を行政および議会が、実質的に公認しているに等しく、そこには拡声機による営業行為そのものが問題だという認識は全くない。

 だが、本当の問題は、実際の運用の段階で起きている。一端、このような非常識な営業方法を認めてしまうと、後から遵守事項違反の取締りを実施しようとしても、実質的な取り締まりは非常に困難だからだ。
 実際、業者による拡声機の使用状況は、殆ど(というよりはほぼ全て)の企業が遵守事項に従っていない。企業が実際に拡声機を使用し、住宅地域を巡回する際は、規制値以上の音量を流し、使用禁止区域を巡回している。音量の数値を細かく測って、取り締まることは実質的に難しいため、規制値基準は全くといっていいほど役に立っていない。罰則規定もないため、このような遵守項目は、すぐに有名無実化してしまう。原則的に拡声機使用を一度でも認めてしまうことが、このような騒音公害を発生させ、助長させているのだ。

 区政においても都の制定している「騒音に係る環境基準」に準じるだけで、拡声機使用による騒音を規制するための独自の条例を設けているところは全くない。タバコや自転車に関する条例の多さに比べて、極めて異様だ。現在、東京都では、どの区においても、行政も議会も拡声機の使用による騒音に関して一切、対策を行っていないというのが実情だ。中野区のように一部対策を行っている区もあるが、残念ながら、実質的な効果を殆ど挙げていない。

*拡声機騒音を野放しにする議会と行政
 公共の場における騒音に対して非常に寛容な(あるいは鈍感とも言う)現状に対して誰もおかしいと思わないのだろうか。

 行政は、本来、地域の公共性を向上させるよう企業に対して監督責任がある。だが、今の日本の行政は、そのような責任を放棄しているように見える。住民の要望よりも常に企業側の意向を優先させ、地域の公共性を蔑ろにしている。それは、行政が経済発展ということ以上に重視しなくてはならない地域的、公共的価値というものを戦後ずっと見失ってきたからではないだろうか。
 条例を整備するはずの議会もまた企業票、組織票のみに依存する議員の選挙体質のために、企業を監視、監督しようとする政治文化が育たない。そのため地域の公共性を確保、育成するための条例は、いつも成立が遅れているか、あるいは全く無視されている。住民の求める地域の公共性よりも企業の求める利益を最優先するの議会の姿は、衆愚政治そのものだ。

 市民が声を発さなければ、議会も行政も動かない。しかし、この極東の住民は騒音に対して極度に鈍感だ。市民意識や公共意識には疎いのに、鈍感力だけは人一倍優れたこの極東の住民に、現状を変えようという意識は果たしてどの程度あるのだろう。そのようなことを期待するだけ本当は、むなしいことなのかもしれない。海外からはロバの耳と嘲笑されているにもかかわらず、自らは先進国を気取っているお山の大将の姿のままで、本当にこの国民は満足なのだろうか。