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読書亡羊

気ままに読書、気ままな読書日記

拡声機の商業利用に法的規制を!

地域改良

 住宅地域において拡声機やスピーカーなどを使用することは、明らかに異常な行為だ。しかし、日本ではそれが当たり前のように認められてきた。議会も行政も、廃品回収車や灯油の巡回販売など拡声機を使用しながら住宅街を徘徊して回るような世界でも類を見ない時代錯誤な営業形態を数十年にわたって野放しにしている。

 だが近年、徐々にではあるが、ようやくそれに対する住民からの批判、不満が出始めている。ネット上にはすでに怨嗟の声が渦巻いている。行政や議会が真剣にその声に耳を傾ける時が来ているだろう。

 では実際、住宅街を拡声機で喚き散らして徘徊する廃品回収車や竿竹屋、灯油販売等を法的に禁止することは可能だろうか。法的に禁止する場合、想定される問題点をいくつかあげておこう。

①官による民業圧迫の可能性について

 私は中野区の数名の区議会議員にメールで拡声機の法的規制が可能かどうか問い合わせたことがある。そのうちの一人の議員の回答に民業圧迫の可能性があるため難しいというものがあった。
 この議員に限らず、民間企業による広報活動や営業行為を法律や条例等によって規制しようとする場合、それを官による民業圧迫と解釈している人々が少なからずいる。特に日本の政治では、国政においても地方自治においても一般的に企業活動に最大の配慮をし、住民の声を拾い上げようとする姿勢に欠けている。そのため住民からの要望があっても、企業活動への規制には消極的だ。議会や行政の側が、業者から民業圧迫と批判されることを恐れているのだ。

 だが、民業圧迫という批判はそもそもの論点がずれている。民業圧迫というのは、官と民の間で需要を取り合ってしまう状態を言うのであって、拡声機の使用禁止を定めることは、次元の異なる問題だ。
 拡声機の使用を規制することは、市場の秩序を維持するためのルールを定めることであって、行政が民間企業と競合することとは違う。むしろ、営業行為に関して何のルールもなく野放しにしていることが、市場の公平性を歪めることにつながっている。

 実際、一部企業が、拡声機で街中を徘徊するため、他の業者は、顧客獲得の機会を失っている。たとえば、廃品回収は、法令を遵守しようとすれば、広告やネットによる宣伝が中心となるが、ネット検索によって業者を探すことが少ないお年寄りなどには圧倒的に不利になる。条例違反の企業によって公正な競争が阻害されている。

 そもそも廃品回収車が巡回(いや、正しくは徘徊)という決して経済効率の良くない手段によって廃品を回収しているのは、それが収益を確保する上で十分な手段だからではなく、一部で不当な高額請求を行うためだ。
 廃品回収車による詐欺、恐喝は、国民生活センターが何度となく警告している。廃品回収業者は声をかけてきた利用者の様子を窺い、だませそうな相手だと判断すると、急に態度を豹変させ、高額な請求を行うという事例が後を絶たない。都内でもこうした詐欺、恐喝は増加傾向にあり、都からも注意喚起の知らせが出ている(しかも、毎年だ!)。また、廃品回収業者による空き巣、窃盗も毎年のごとく報告されている。それだけにとどまらず、近年、高速道路脇などで増加する廃家電の不法投棄も、その多くが廃品回収業者によるものと言われている。

参考
廃品回収業者とのトラブルに注意!(発表情報)_国民生活センター

高額な料金を請求する不用品回収・処分業者に注意! | 東京くらしWEB

 このような悪質な業者の存在は論外だが、こうした業者が後を絶たないのは、市場のルールが何もなく、企業活動が野放しの状態にあるからだろう。企業活動に何の規制も行っていないことが、このような悪質な業者が活動する余地を与えてしまう。拡声機を使用した営業行為を禁止し、企業活動に一定の規制をかけることで、悪質な業者が参入する余地はかなり減らせるはずだ。
 拡声機による営業行為を禁止するのは、単に騒音問題を解決するためだけではなく、市場の公平性を保つためでもある。これは企業活動に関してのルールを定めることで、民業圧迫とは全く異なるものであることが理解していただけたでしょうか、中野区議員の皆さんっ!

 民業圧迫という言葉が業者の都合の良いように解釈されてしまう背景には、市場主義に対する議会や行政の無理解がある。特に区議会レベルの議員には、この点に関する無知、誤解がはなはだしい。(今回回答のあった議員の民業圧迫の意味をまったく理解していない無知っぷりにはあきれるばかりだが、このような考えを持っている議員や役人は他にも多いと予想される。)
 民間企業の活動に介入しないことが、市場重視の姿勢になるのではない。市場が公正かつ公平なものになるようさまざまな規制やルールを整備することが、市場主義の基本である。市場の公平性を保つことは、政府の行う活動のうち最も重要なものの一つだ。

②地域自治体による規制はどこまで可能か

 実際に拡声機による営業行為を禁止する場合、それは条例によるのか法律によるのかという問題がある。区や市などの基礎自治体による条例が最も地域の要望を反映しやすく、法律に比べ制定までの過程が簡略なので成立の可能性も高いだろう。
 しかし、区や市による条例制定にも問題がある。たとえば、区議会が拡声機の使用による営業行為を条例により禁止しようとした場合、すでに東京都が拡声機使用基準を条例で定めているため、東京都の条例との間の整合性がどうなるのかという問題がおこる。
 東京都の条例よりも厳しい規制を実施しようとした場合、これはいわゆる上乗せ条例と呼ばれる問題になる。この上乗せ条例は、運用の段階で問題になる場合がある。たとえば、パチンコ店の出店規制に関して実際に問題になった例もある。しかし、それでも条例の制定自体は違法ではない。法理論上は、条例間に上下の差はない。むしろ問題なのは、二重行政になりやすい今の地方行政の在り方そのものの方だろう。

 地域の要望を反映させている限り、上乗せ条例であっても積極的に認めていくべきではないだろうか。地方分権が見直されている現在こそ、地域住民の要望が最も反映されやすい基礎自治体条例制定権限を見直していくべきだ。条例は法律にさえ違反しなければ、原則制定可能なのである。広域自治体との間の整合性をつけるために、地域住民の要望が踏みにじられるというのは、地方行政の在り方として間違っている。
 もちろん、東京都が拡声機使用による営業行為を禁止するなら、何の問題もないのだが。

参考
上乗せ条例 - Wikipedia

パチンコ店等規制条例 - Wikipedia

*より住みやすい地域社会のために
 地域社会の公共性に配慮して企業活動を規制する――このような極めて当然の発想が、日本の行政と議会の間では全く欠けている。市場と政府の役割についての無理解から、企業活動への規制が、まったくなおざりにされてきた。企業活動への規制に極めて消極的な日本の政治文化の中で、すでに野放しにされた悪質な企業が多数、営業を行ってしまっている。そのため、後から公共性に配慮してそれら企業の活動を規制しようとしても、すでに営業を行っている業者側からの強い反発が当然予想される。
 いったん非常識な営業形態を認めてしまうと後から規制することは非常に難しい。そしてこの困難さの中でひたすら無気力になって、地域社会から公共性が失われていく現状を野放しにしているというのが今の日本国民の姿だ。

 この騒音問題に限らず、日本では法令順守の精神に欠けた悪質なブラック企業がいかに多いかを考え合わせて見るといい。ここでいうブラック企業とは、企業の活動内容自体が詐欺まがいで、労働者にとっても消費者にとってもブラックという意味だ。
 市場のルールを何も定めず、企業活動を全く規制しないことが、このような法令順守の精神に欠けた悪質な企業や事業主を野放しにすることにつながっていると、いい加減気づくべき時だ。