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読書亡羊

気ままに読書、気ままな読書日記

Sigmund Freud 『人はなぜ戦争をするのか』 (2008)

 第一次世界大戦以降のフロイト後期の作品を集めた論文集。フロイトは、第一次世界大戦に直面して、人間の破壊的な欲望をまざまざと見せつけられ、それを契機にタナトスという死への欲動を理論化していく。その過程の作品を中心に編まれている。

*外傷性神経症の発症
 第一次世界大戦という人類が始めて直面した近代科学兵器による全体戦争は、前線の兵士に前例のない強い心理的負担を与えることになった。この戦争は、多くの外傷性神経症患者を生んだ。
 当時、帰還兵たちの神経症に対して用いられた治療法は、主に電気ショックを利用したものだった。だが、このような治療法の限界はすぐに露呈され、医学界では神経症が、脳という器官の器質性障害ではなく、心理的障害であることが理解されるようになっていった。そして、治療に当たった医師たちの間では、精神分析が強く支持されるようになる。

タナトスの探求へ
 フロイトは、1910年にすでに『夢判断』を刊行して、神経症患者の治療法を完成させていた。夢は無意識の中にある自分本来の欲望が抑圧された形で現れるものであり、神経症の治療は、患者に夢について自ら語らせて、自己の欲望を理解させることにあった。
 だが、戦争による外傷性神経症は、抑圧された自己の中の無意識的な欲望が原因でないことははっきりしていた。フロイトは電気ショック療法の無効性を理解していたが、それに代わるものとしての精神分析もまた新たな理論構築が必要であることも認めざるを得なかった。
 ここからフロイトの後期思想が始まる。生への欲動であるエロスに対して死への欲動であるタナトスの存在を認めること、そして世界大戦という未曾有の人的災害を生んだ西欧文明を精神分析の手法を用いて検証すること。
 本書は、フロイトが晩年に抱えたこの二つ課題に対して、彼自身がいかに答えていったかを知ることのできる論文集だ。

*戦争と文明の二面性
 この論文集で最も注目すべき作品は、本書の題でもある『人はなぜ戦争をするのか』だろう。これは1932年に国連の呼びかけで行われたアインシュタインとの公開往復書簡として書かれたものだ。

 フロイトはこの頃すでに死への欲動の存在を認めている。先の大戦はまさにその死への欲動であるタナトスの存在を証明するものだった。ここでのフロイトの結論は非常に悲観的だ。文明の発展は必ずしも進歩を表すものではないこと、人間の攻撃性、および戦争を完全になくすことは不可能であることを彼は指摘する。
 だが、文化の進歩は一方で、戦争を美的観点から拒否する反戦論者を生むことにもつながっているという。
 フロイトによれば、文化の進歩には二つの特徴があり、それは欲動を制御するようになることと、それが主体の内部に向かうようになることだ。この点に関するフロイトの説明は不明瞭だが、内部へと向けられた攻撃性を内在化させた人々の中から戦争に対する嫌悪感を生理的に持つ人が生まれることを言いたかったのかもしれない。
 フロイトは最後に、このような平和主義者が主流になるまで、われわれは待たなければならないと締めくくっている。

 現在においても人類はおろかにも未だ戦争を続けている。フロイトの期待する平和主義者が世界で主流になる日はまだ遠いようだ。