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読書亡羊

気ままに読書、気ままな読書日記

阿部謹也『ハーメルンの笛吹き男』 (1974)

晴筆雨読

*人々を解釈へといざなう民話
 洋の東西を問わず民話は、単純な起承転結の物語になれている現代人にとって、非常に理解しにくいものが多い。
 動物譚や英雄譚など子供が喜びそうな題材を扱っていながら、内容の意図がまったくつかめないため、なぜか読後に不安を感じさせる。意味が理解できないという状態は、本質的に人間に不安を感じさせるものだと思う。そして、どうにか意味を見出そうとして、さまざまな解釈を試みる。内容の不明確さが、かえって人々の興味や解釈を誘うのだろう。

 多くの民話がその内容の不明確さゆえに、さまざまな解釈を呼び起こしてきた。グリム童話で有名な「ハーメルンの笛吹き男」もそのうちの一つだ。
 阿部謹也氏の『ハーメルンの笛吹き男』もこの民話の歴史的背景を解明しようとした作品だ。この民話を生み出した歴史的背景の探索に始まり、物語が変容していく歴史を描いている。同じ一つの民話が、時代ごとに異なる意味付けがなされていく歴史を跡付け、その変容の背景にある社会構造の変化や民衆意識の移り変わりを丹念に読み解いている。

*時代ごとに移り変わる物語の解釈
 ハーメルンの笛吹き男の物語については、すでに17世紀には啓蒙主義思想の下で合理的な検証によってその歴史的背景を解明しようとする試みが始まっている。
 近代的な合理的解釈は、まず民話の真偽を問うという形で始まった。オランダのショックによる『ハーメルンの寓話』(1659)がその先駆けと言われている。
 哲学者として有名なライプニッツ(1646~1716) は、この問題を継承し、さらに歴史的起源のほかに社会的な背景の考察にまで及んでいる。ライプニッツはこの伝説が真実かどうかを問題にするより、この物語を生んだ歴史的背景の方を重視していた。すでにここには社会史的な視点の萌芽が見て取れる。

 社会構造の変化が民衆意識の変化を呼び起こし、それが民話の解釈を変えていく。一つの民話を基点にして歴史像の全体が生態学的に変化していく。民話やその解釈も、歴史や社会といった「環境」の変化に合わせてさまざまに移り変わっていくものなのだろう。
 単なる民話の歴史ではなく、社会史としての視点が非常に面白い。

ハーメルンの笛吹き男 ――伝説とその世界 (ちくま文庫)